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長谷川豊氏の立候補について思うこと -彼は自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!とのたまった-

なんでも長谷川さん、日本維新の会公認で千葉1区に出馬なさるそうで。なんのギャグなの?

 

 

彼は半年ほど前に糖尿病由来の腎臓病患者の人工透析治療について

「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」

 とのたまった。

 

この内容をそのまま素直に受け取ると、私の母はとっくに死んでいる。糖尿病由来の人工透析患者である。透析治療を始めてそろそろ三年半になる。
人工透析血液透析の説明になるが)とはなんぞや、という人もいるでしょう。本当にざっくりいうと「腎臓が尿として体外に排出していたもの(老廃物)を機械で代わりに排出(透析)することです。老廃物が溜まり過ぎれば尿毒症で最悪死ぬ。

 

記事はリンクも魚拓すらも貼るのをはばかられるほど無残でお粗末な内容だった。取材した医師の主観を通した内容なんだろうが、その医師の体感に基づくデータがまぁひどい。しかも事実確認すらしないなんて、アナウンサーが信憑性の不確かなことをでかでかと言ってのけるとはさすがに呆れる。学生のレポート以下だ。
その上で彼は弱者を切り捨てる発言をした。日本国憲法でいうところの生存権(第25条)をまるで無視する発言だ。日本の福祉制度は生存権の具体化である。それを否定した。

 

日本国憲法第25条
    第1項
        すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
    第2項
        国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

第1項の方は中学校の授業あたりで聞いた記憶のある文言だ。高校受験頻出問題でお決まりのフレーズはいまでも暗唱できる。それだけ日本国民として重要な内容なのだ。
そのようなことも理解していない方が国会議員になりたいって?え?どこの国の議員になるっていってるの?

 

データの真偽についてはわかりやすく言及してらっしゃる方がいたのでそちらを読んでいただきたい。

igcn.hateblo.jp

 

 

 

 

さらに不思議なのがこれらのことを「表現の問題」などと論点をすり替えて謝罪したつもりになっていることだ。

「殺せ」という表現はよろしくはないがそれ自体が本来の問題じゃない。「死ね」も「殺せ」もネットとお付き合いの長い私にはそこそこ免疫のある言葉だ。痛くも痒くもない。

保険対象となる医療行為を「金がないなら治療するな」と言ったことが問題なのだ。

先の生存権の話にも関係するが、国民皆保険って知ってるのかな?もっというと人工透析患者は度合いによっては身体障害者である。逆に、なんで制度としてその必要があったのか考えたことはあるのかしら?治療費を病人個々に負担させるには高額すぎて過去に不幸なことがたくさんあったんだよ。先人の努力の賜です。別に映画館の料金を割引してほしくてこんなことになってるんじゃないのよ?

 

 

先人たちの戦いの証はここにざっくり書かれている。

半世紀近くにわたる努力と腎臓病患者の願いだと思ってほしい。

www.zjk.or.jp

 

 

 

その後、騒動を終息させたいのか臓器移植に逃げ道を見出したのか、「臓器移植普及に向けての活動をする(どやぁ」なんてことを言ってのけた。

臓器移植に非はない、まったくない。確かに病院から提案されるのだ。「人工透析血液透析または腹膜透析)、腎臓移植と方法があります」と。生体移植だろうが死体移植だろうがそもそも件数が少ない。長谷川氏はその普及の努力をしたい、と。これでご本人的には炎上を鎮火させたつもりなんだろう。
・・・で?あれから何かしたの?全然そんな話耳に入ってこないけど?

 

 

ところで、先月だったか、母が署名してほしいといってきた。政治活動とかに消極的な母が珍しいことを言うもんだからどうしたのかと思ったら、全腎協の署名活動だった。
同じものが公開されていた。ご理解くださった方は署名にご協力いただけるとありがたいです。

 

www.zjk.or.jp下のほうに前回の集会に参加した国会議員が挙がっている。日本維新の会の議員もいらっしゃるようで。ぜひ長谷川氏の出馬についてご意見を伺いたいものだ。

(追記)現在は他の党に移籍しており、現職の日本維新の会の議員は参加していなかったようだ

 

なお、私の両親は長谷川氏の炎上の一件を知らない。母は署名用紙こそ持って帰ってきたがその背景は知らない。私もわざと言わなかった。悪意にさらす必要はないと思ったからだ。炎上した認識があるのは一部の人だけ。それを知らない人は透析患者でさえも知名度があるから長谷川氏に投票してしまうかもしれない。当選してしまうかもしれない。なんと恐ろしいことか。まずはきっちりと落選していただきたい。NOといわなければ潜在的YESになりかねない。弱者を切り捨てる、根拠がはっきりしないことでもでかでかという、調査をしないどころか間違ってもろくすっぽ謝罪も訂正もしない。そんな人が千葉の代表として国政にでるかもしれない。国があんなやり方で弱者を切り捨てていいわけがない。千葉1区有権者のみなさん、どうかそこのところよく考えてくださいますよう、お願い申し上げます。

 

年末にとあるツイートを見かけた。
その方のお母様は、長谷川氏の発言を受けて透析治療を拒否し、その後なくなったそうだ。本当に心が苦しかった。炎上当時からこういう方がいないように、と声を上げた方をたくさんみた。それでもだ。

 

togetter.com※このまとめを載せるにあたってツイート主さんにご挨拶差し上げたところ、「長谷川豊に殺されたというのは主さんがそう解釈しているわけでそこを理解してほしい」とコメントをいただきましたので併せてご理解ください。

タイトルよりツイートそのものを読んでほしい。まとめのタイトルをつけた方は主さんではないのでね。あと私はこの内容を全面的に信頼していますので、主さんに証拠の提示を求めるなどのご迷惑をかけるような行為はご遠慮いただきたい。

 

 

 

ほんとうはもっと書きたいことが山のようにあるけどもうなんだかうまくまとまらない気がするので直接会話された方の記事をはっておく。

これを読んでると・・・なんというか、人の話聞く気ゼロやな。それで国民の声に耳を傾けます!とか言われたらどうしようと思えてくる。

 

www.huffingtonpost.jp

 

www.huffingtonpost.jp

www.huffingtonpost.jp

 

 

 

 

そういえば千葉市熊谷市長が、長谷川氏が「幕張新都心は空き地ばかり」と言ったことに対して、

どこのことを言ってるのかわからないけど?「若葉住宅地区」のことなら土地開発の目途は立ってるしそれぐらい調べたらすぐわかるよね?ん?(意訳)

とツイートしておられましたが、また調査もろくすっぽしないで適当なことを申し上げたんですか?

 

 

 

最後に、誤解のないように再度改めて言っておきたい。

私の母は糖尿病と診断されてから少なくとも10年は人工透析の必要はなかった。

医者の言うことも守った。薬もきちんと飲んでいた。通院する前のような食生活はしていない。一緒に暮らしていた私や父が断言する。

「糖尿病ですね、すぐ人工透析しましょう!」というわけではない。

それでも長谷川氏のいう「不良患者」でなくても糖尿病が原因で、腎臓や、目や、他の場所を痛めてしてしまう人がいるのだ。

 

 

 

最後になりますが、記事掲載にご賛同いただいたみなさん、ほんとうにありがとうございました。

私の前エントリも併せて読んでいただけると幸いです。

 

akiecandy.hatenablog.com

 

 

一人の人工透析患者ができあがるまで

先のブログでも少しふれたが、私の母は糖尿病を原因とする慢性腎不全であり、人工透析を週に3回受けてなんとか生きている。
もうすぐ3年になる。

2型の糖尿病であると診断されたのが15年以上前の話。
4年前ぐらいだろうか、急に母の腹が出てきたな、という感じがしていた。
最初はあまり気にしていなかったのだが、だんだん体が鈍そうで重そうでしんどそうになっていった。
その後母は「ネフローゼ症候群」と呼ばれる状態で、腎臓で体の老廃物を尿として排出できずに体にため込んでしまう状態なのだと説明を受けたか自分で調べたかなんかした。
医師に水分や塩分の摂取を控えればコントロールできる状態だと言われ、まあそうするわけだが溜まるもんはだんだん溜まっていく。コントロール入院もした。入退院の繰り返しだ。
一年弱ほどこの状態が続き、医師に透析しますか、と提案された。
正確には選ぶ道は3つあった。血液透析、腹膜透析、腎臓移植だ。
クレアチニンがどうだとかなんやかんや説明を受けて血液透析を選んだ。
あまり詳しくは覚えてないし適当に書いて誤解を招くといけないので控えるが、「最後の手段は父か私から腎臓移植かなー」と思った記憶がある。
で、左腕にシャントという人工透析用の太い血管を作って透析治療を始めた。
水ぶくれみたいにぶくぶくだった腹や顔は凹み、見覚えのある母の姿になった。
「あ、生き返った。これでまた生きられる」と思った。
透析中に足がつったりめまいがしたりもするのだがその日限りだし、ネフローゼのときの半寝たきり状態よりはよっぽど生きてるなと思えた。そこそこ普通に活動できたからだ。
透析をすることによって制限されることもあった。具体的にいうとこんなんだ。

  • ワーファリンの服用
  • 納豆と青汁は禁止(ビタミンKはワーファリンの天敵なのだ)
  • 流血に注意(ワーファリンのせいで/おかげで血が止まらない)
  • 力仕事に注意
  • 免疫が下がるので風邪などに注意
  • 水分、塩分、カリウムの摂取は控えよ

まぁそんな感じで今まで生きているわけで、その中で母はアルツハイマー認知症の祖母の介護もしている。今でこそ祖母はグループホームにいるわけだが。
正直、私と祖母の関係性を考慮すると祖母より先に母に死んでもらっては困る。
年功序列で死んでいってもらいたい。私が祖母と面と向かって介護というのは難しい。というか無理だ。
だから透析治療は母のためでもあるが私のためにも必要なのだ。

 

最後に、誤解のないように改めて言っておきたい。

私の母は糖尿病と診断されてから少なくとも10年は(あまり詳しく書くと身バレしてしまうので)人工透析の必要はなかった。

「糖尿病ですね、すぐ人工透析しましょう!」というわけではない。

医者の言うことも守った。薬もきちんと飲んだ。

それでも糖尿病が原因で、腎臓や、目や、他の場所を痛めてしてしまう人がいるのだ。

 


だれだ、自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!とか言ったアナウンサーは。
人工透析しなかったら我が家が滅びるんだよ、冗談じゃないふざけんな!

 

祖母が施設に入所して1年経ちました

お久しぶりです。
祖母がグループホーム(以下GH)に入所してそろそろ1年。
なので現状と過去を振り返って今だから思うことなどを少し書こうと思います。

■祖母の現状
今も同じGHにいます。

元々体は丈夫な方らしく、認知症以外に特に具合の悪いところもなくいたって健康。股関節手術のリハビリをしなくなったのでその分足腰は弱くなったかもしれないけど、その点はシルバーカー(老人車)を使っているのでカバーできているようで。使い始めたのは精神科入院時にそれまで使っていた杖の持参を拒否されたから。病院で老人車を借りたらそのまま自分のものだと思い込んでしまうようになったので新規購入した。杖は使い方次第で凶器にもなりますw

肝心の認知症関連の方はというと、あいかわらず私に対する物盗られ妄想や癇癪はたまに(?)あるようで。GHの職員さんがすごく私に気を使いながら報告してくれるが私は慣れてるのでどうということはないw

GHでは仲のいい入所者さんもできたようで仲良くやっているらしい。外出したり施設内でイベントがあったりと、おそらく家に引きこもってた時期よりリア充してるんじゃないかと思われる。


■祖母に対して行っていること
実のところ、入所以来祖母に面会したのは片手ほどもない。物盗られ妄想が相変わらずあるので会うとそれが酷くなりそうな気がするからだ。実際、入所後初めて送迎のために会ったとき、祖母は興奮して気分が悪くなった。GHに必要以上の迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
そんな私は何をしているかというと、連絡係や常用薬の運搬係。
定期的に主治医から薬を処方してもらって届ける、何か変化や気になることがあれば主治医に伝える、そんな程度。ほかは消耗品の補充とか。どれも職員さん経由で渡してもらっている。
たまに母が祖母を主治医に診せに連れて行ってもいる。その時に足の爪を切ってもらったりもしている。なんでも高齢になると爪が硬くなったり巻き爪になったりで、専用の道具がないと手入れしづらいのだとか。主治医は内科がメインですが、皮膚科でももちろんやってくれる。
あとはGHでのイベントに母が出席するぐらいかな、正直ほとんどGHにお任せ。


■当時を振り返って
虐待、ネグレクト、傷害、殺人、どれにもならなくてよかったとホッとしている。ほんとこれにつきる。警察とかにはほんとに迷惑かけたなと思うし、お世話にはなったけど犯罪的な意味でお世話になる羽目にならなくてすんでよかった。もう少し祖母に寄り添ってあげられたらなとか、やさしくできたらな、なんても思ったけど、私の性格上、そもそも無理な話だったwクールを飛び越えてドライなんです、私wその時考えられた手は全部打ったと思うし、立てたフラグは回収前にたいてい折られていたので、あれが私の能力でできる精一杯。ブログにはあの程度しか書いてませんが、手術で入院したときや退院後から同居までも結構大変だった。夜が恐いと病院に呼び出されてそのまま泊ったり、家でも一人は嫌だと泣きつかれたり。帰らないでくれと土下座されたこともあった。でもまあ認知症について書こうと思ってた手前、省略。
あと、同居開始直後、ガスコンロが壊れてしまったためIHコンロに変えた。ボヤは絶対避けなきゃいけなかったからいっそ壊れてくれてちょうどよかった。


反省点として頑張りすぎて裏目に出たことがいくつかあった。

まず、契約、申請もろもろを私が一人で頑張りすぎたこと。母はそういうのがあまり得意ではないし通院してるので時間が限られてたというのもあったけど、なんというか一人でやりすぎてしまった。仕事をしてる感覚になっていたようだ。「あー次の打ち合わせでアレとアレを確認しなきゃなー」なんてリストアップしていたり。当時は最短ルートで物事を片付けたかったんだろうけど、仕事じゃないんだから自分で自分を追い込むなよ、もっと肩の力抜けよ、と今となっては思うw

もうひとつ。親戚に言われたことの方がショックだった。
 「どうしてお母さんからじゃなくakie_candyから聞かされなきゃいけないの?」 と。
各所からの連絡先が私になっていたこともあって、親戚への重要事項の報告は主に母からではなく孫の私がしていた。一番状況に詳しいし、行動力もあったので私が事務的にやっていたが、祖母のGH入所後に親戚に言われたこの一言にはすごくショックだった。
確かに祖母の事だから娘である母が報告するのが道理といえば道理。でも、私としては報告を欠いて後から文句をつけられる方がよっぽど嫌だったから逐一報告したのに裏目にでてしまった。あー、でしゃばり過ぎたんだなーと。それ以来、親戚への連絡は数こそ少ないけれどすべて母に任せている。傀儡万歳wというか正直親戚とは当分口もききたくないw

脱線すると、この件で「遠くの身内より近くの他人」、「餅は餅屋」という言葉の意味をとてもよく理解できた。介護は我が身に降ってくるまでどれだけでも綺麗事が言える。おそらく年輩の人ほど。自宅で身を粉にして介護するのが当たり前の世代だからね。施設なんてとんでもない、という人も多いだろう。でも敢えて私は言う。経済的に余力があるならどんどん「プロ」の手を借りてほしい。同居人以外で手を借りるなら断然プロ。
精神科入院前、週2で訪問看護師さんが来てくれていた。主治医の紹介で認知症などの高齢者のメンタルケアに実績のある人だった。「身内の恥をよそ様に愚痴るなんて」的な世代の祖母が、看護師さんに絶大な信頼を寄せ、私のことを愚痴っていた。なぜ愚痴る相手が母や親戚ではなかったのか。私はその役を母にやってほしくて物盗られ妄想の被害者を引き受けた。だが愚痴の内容は物盗られ妄想に代表されるあることないことなので、真偽を知っている母や親戚に愚痴ると説き伏せられて挙げ句キレてしまう。だがプロはそれをしない。否定をしないのだ。なので祖母は絶大な信頼を寄せた。一番の味方と認識したのだ。当然看護師さんは介護者にも理解があるのでどちらの癒しにもなってくれた。相手に寄り添い、絶大な信頼を得る、これがプロの仕事なのだ。あと、この看護師さんを紹介してくれた主治医、さすがの人脈である。前のブログでデイサービス選びに失敗したという話を書いたが、あれは私がパンフレットから近所だという理由がほとんどで選んだだけなのだ。私の都合と祖母の都合は違うし、重視すべき課題は餅屋の方がよくわかる、それがよくわかった。素人が考えて決断するのはすごくエネルギーのいること。そもそもその決断は正しいの?決断する前に相談だけでもその負担が少なくなることもある。プロには経験がある。知識も人脈もある。プロに相談してみることを心の底から勧める。


■私の現状
介護からほぼ解放されたので基本的には平穏を取り戻している。
ただ、「泥棒」という言葉に過敏になってしまったようで、不意に聞くと頭に血が上ることがある。それに気付けてからはすぐ収められるようにはなったがある種の呪いのようになってしまった。
あと祖母はキレたときに簡単に八つ当たりする手段として襖や障子を力いっぱい閉めていた。私としてはもともと嫌いな音だったが、どうにも苦手になっていて、襖、障子その他を閉めるときはほんとに静かに閉めるようになった。
他には前述の通り、親戚への連絡事項は母に任せることにしたぐらいだろうか。飼い猫とたまに遊びに来る野良猫と平穏に過ごしている。


■今後の懸念事項
祖母は車の免許を持っている。認知症なので当然もう運転はさせないが、車の処分、免許証の更新についてどうしようかと思っている。
車の方は廃車手続きをしたのでただの鉄の塊なのだが、祖母の所有物なのでさすがに勝手に売れないし、売るにしても相談しなきゃいけないのが一苦労なのでとりあえず先延ばし。
免許は一応高齢者講習をパスした上で更新となるので間違いなくそこでひっかかって更新はできなくなる。あと、免許の返納制度があるのでそうしようかとも考えている最中だ。返納すると身分証として使える運転経歴証明書をもらえるらしいのだが、本人が免許センターとかに出向かないといけないのかなーなんて考えるとなかなかの重さのあるイベントだw母はそのまま放置して失効でもいいんじゃないかと言ってるけど、意図的にそうしたんだとバレた時が一番ややこしい。ちなみにもう少しで免許更新のリミットである。

あと、祖母がいつまでGHにいられるかについてだが、入所時に入所者の退所条件を確認したところ、大きく3点あった。念のため、施設単位でいろいろ条件は異なると思うのでこればかりを信用するのは禁物です。
・怪我や病気で入院が必要となった場合
・家族と暮らす場合や他の施設へ移る場合
・他の入所者への迷惑行為等がある場合
らしい。祖母の場合一番気にしないといけないのがおそらく3つ目だろうなと思っている。ただし、そういう場合は精神科の医師が「うちの病院で預かります」と言ってくれていたので、まぁ最悪追い出されても同居の必要はないのである。
あ、あと当然入所費の滞納も条件に含まれるのだろうけど特に言及はしていなかったw


■おまけ
祖母のキレっぷりを記録するExcelの表、家系図を作ったと前回のブログで書きましたが、実はもう一つ作ったものがありました。手術前後から近況にいたるまでのサマリーをペライチで作りました。祖母の状況を知らない人(精神科医師、GH)に最初にExcelと家系図と一緒に提出しました。いちいち説明するのがホントに面倒だったのと、その方が内部で情報共有しやすいかなと思ったから。実際GHの人は家系図も含めてありがたがってくれていました。

意外と注意したいのが認知症患者を自家用車で送迎する時。
祖母は精神科を退院し、そのままGHへ向かう手筈になっていた。家に寄ると一悶着ありそうだったから。あと車中で祖母を二人きりというのに少し不安を感じていたのでGHに相談した。するとGHの職員さんも病院から一緒に来てくれるというので、GHの車に祖母を乗せてほしいと頼んだ。結果は大正解で、祖母は車中で私のことを刺し殺してやるとずっと言っていたらしい。祖母を自分の車に乗せていたら最悪横からハンドルを切られて事故ってたかもしれない。自損ならまだいいが、対人とでもなったらこの上ない最悪だ。キレやすい状態の認知症患者を車に乗せるというのは結構危ないのである。ちなみにGHの職員さんも2人で来てたので運転者は運転に集中できていた。

医師に祖母を診てもらった時の話。医師は大体患者に質問をする。それは体調だったり、本人の思い出だったり。認知症患者本人はそれに答えられないことがある。結構な頻度で。で、横にいる家族に答えを求める。家族は「医師に質問されてるんだから答えなきゃ」と思い、代わりに正しい答えをあっさり返してしまう。
・・・ダメ、ゼッタイ。
医師は別に患者の過去を知りたくて質問してるわけじゃない。患者の病状を知ろうとして質問している。患者は自分が答えられないのを取り繕うために正しく答えられる人間に返答を任せてしまい、その場をやり過ごすのだ。他の病院のやり方はわからないが、祖母の受診時、付き添いの私は先に別室に呼ばれ、認知症の具合と祖母の人となりを聞かれた。そんなもん聞いてどうするんだろうと思ったけど、問診で答え合わせするためだった。問診の間、私は祖母の後ろで無言で祖母の話してる内容が事実かどうかをリアクションしていた。あくまでもかわりに答えてはいけない。首振り人形に徹するのだw医師は答えてほしい人の方を向いて質問をする。そこを間違えてはいけない。たとえばアレルギーとか持病とかそういう命にかかわることはさすがに家族にも確認する。実際、若かりし頃の祖母が受けた手術で麻酔にアレルギーが出たことがあったらしいのだが、それが祖母と母の何気ない会話から発覚した。なんとそれは股関節の手術前日だったw
おまけの最後に。介護はお金がかかる。入院にしてもデイサービス等にしても施設の入所にしても。公的サービスをいろいろ利用してほしい。祖母と母(人工透析をしてます)が今まで利用してきた制度は、限度額適用(祖母、母)、特定疾病療養(母)、身体障害者(母)、介護保険(祖母)、医療費控除(祖母、母)です。正式名称が怪しくて申し訳ない。そこそこの規模の病院にはソーシャルワーカーがいて、そこらへんの制度のプロなので遠慮なく相談してほしい。小難しい話をされると思うけど、そこは耐えてw印鑑を持っていくとその場で手続きできちゃう場合もあっておすすめ。
余談ですが、人工透析患者は障害年金をもらえるとかなんとかという話。診断書や意見書を集めてさらに申請書類にするのも結構な作業量だった。早くマイナンバーが各所に普及して電子カルテとも連携して障害年金の申請とか楽にならんもんかなーなんて思うSEだったり。医師が意見書を手書きしてたのを見てなんというかすごくアナログで非効率だなーと思う反面、診断書は電カルからの出力なのにこれで文書料同じなのかーとか思ったりなんともいえない気分になったwついでに限度額認定とか勝手にシステムが判断して申請不要にしてくれないかなーとも思ったりもする。入院なり通院なりしてる人が役所に行くのって結構大変なケースがある。SEとしては泣きそうになる案件だとは思うけどw
あと最近認知症の保険サービスもできるらしいのですがそちらはよく知りません。認知症になったら保険金がもらえるとか、認知症が原因の事故等の補償とかいうのではなく、手続きのサポートなのかな?契約や申請関係の負担を減らしたい場合はいいのかも。そのために各所を駆けずり回った記憶があるので、そこを丸投げできるのなら介護に専念できそう。いや、保険の内容はきちんと保険会社に確認してね。



これで思いつくことはとりあえず全部書いたかな。
また何かあったら追記なり新エントリするなりします。
ブコメで暖かい言葉をかけてくださった方、ありがとうございました!ちょっと報われた気がします!

では(・ω・)ノシ

認知症の祖母と自己中な孫の話

心に余裕ができたので新鮮なうちに残しておこうと思う。
認知症の介護を少し経験したので、知識程度にみんなに知っておいてほしかった。
前もって断っておくと、タイトル通り、内容は私の体験に基づく考えなのでひどく偏ったものだし、「理想的な介護を(皮肉をこめて)」とか「人間らしい介護を」とかいうような崇高な考えを持った人には向かない内容だと思う。
あと、長くて読むのが面倒だ、という人は★★のところだけでも読んでほしい。

タイトルの通り、母方のばあちゃんが認知症だ。アルツハイマー認知症である。
この話に父(婿養子)はほとんど登場しない。昔から母方の祖父母と父は折り合いが悪く、父も短気な性格なので介護にあまりかかわらないほうがいいと考えていたからだ。介護にかかわるぐらいなら、最低限、自分の身の回りのことを自身でやってくれたほうが数十倍助かるw
母は母で糖尿病が進行していて、人工透析をしている。
あとばあちゃんは近所付き合いが苦手で、デイサービス等をかたくなに拒んでいた。
結構積んでいるのだw

目に見えて認知症っぽい症状が出たのは1年半ぐらい前からなのだろうか。
元々一人暮らしだったばあちゃんはそのころ股関節を痛めて歩行に障害を生じていた。
主治医にすすめられてなんとか手術を受けることを了承してくれて、ちょうど1年ぐらい前に手術した。
(入院中もそれなりに大変だったが、そこが本題ではないので割愛)
手術後、リハビリのために転院した病院で医師から衝撃の言葉を告げられた。
 医師「認知症が劇的に進行してる。すぐ退院したほうがいい」
 私「・・・は?(いや、何言ってるかわかんねえんだけど)」
医師のいうには、認知症患者に病院という普段(家)と違う環境に長くいるというのは症状を悪化させる行為らしい。高齢者が手術入院して認知症を発症するケースも珍しくないんだとか。まったく知らなかった。そもそも昔は80歳越えた人に手術をすすめることはほとんどなかったらしい。だから病院の長期入院で認知症の激化なんてあんまり聞かなかったのかもな、なんて個人的に思っている。今は、本人の意思にお任せします、的なやつだ。手術時に感染症のリスクについては聞いていたけどこれは聞いてなかった。むむむ。
その後ばあちゃんは退院し、通院、後半は訪問介護でリハビリを続けた。
★★ここまでで、病院の勧めもあって介護保険の申請をしていて、要介護Ⅰの認定を受けた。ケアマネージャもついた。申請は役所の「包括支援センター」でする。自治体によっては福祉課かもしれない。★★

退院後、築年数の結構たつ木造住宅に私と両親の3人が同居することになっており、介護保険の助成をうけてリフォームした。
とりあえずリフォームで酷くもめた。言った言わないでケンカを繰り返して作業が滞るのなんの。業者さんにはいろいろ迷惑かけたと思う。ホントに申し訳なかった。
★★リフォームにあたって介護保険の補助を利用した。あと介護器具も介護保険の補助を利用した。ここら辺の書類仕事はケアマネさんにお任せw★★
あと、当時の私といえば「認知症って物盗られ妄想とか徘徊とかああいうのだよね?」程度の知識しかなかったので、とりあえず簡単そうな本を購入して読んでおいた。本で得た知識で一番びっくりしたのが、暴言・暴力、物盗られ妄想、徘徊なんかは、認知症の有名な症状で末期のように思われがちだが、全然末期じゃない。むしろ初期だということ。言い方は悪いが、症状が進行すると最終的には寝たきりなわけだ。
本を読み漁る必要はないと思う。どれだけ知識を詰め込んだところで、実践に勝るものはない。どうせ本だろうがネットだろうが、書いてあるのは「理想の介護」的なことばかりだし。


んで同居開始が去年の11月。同居開始から数週間たって、事が起こった。

 ばあちゃん「カバンがない」

そのカバンには通帳、印鑑、保険の証書がすべて入っている。一緒に保管するなよというツッコミは聞こえないフリで。
いつも同じ場所に片付けてあったはずの物がない。
「場所を変えてその場所を忘れたんだろうな、認知症だし、まあ、ね。」ぐらいに思って購入した本に書いてあったとおり一緒に探した。
が、見つからない。夜通し探しても。隠すのがうますぎる。
ばあちゃんは怒り狂い、奇声をあげ、暴言をはき、私や母に物を投げつけた。
物盗られ妄想を疑った私はカマをかけてみたが、まだその域ではなかった。ただ見つからない、とだけ。壊れかけた理性だが、まだ理性があった。
カバンが確実に家の中にあるのはわかっていたので、とりあえず気分を鎮めるために翌日に銀行で通帳と証書の再発行をした。口座をとめる(無料)だけでよかったんだが、ばあちゃんの強い希望により再発行(有料)した。
その日の夜、また騒ぎになり、すったもんだの上、110番し、あっさり警察官が発見してくれた。これがいけなかった。いや、よかったんだけど、でもいけなかった。

★★最初に警察官に応対したとき、私は一瞬で自分に窃盗の疑いを向けられているのを悟った。そこで認知症であることをすぐに伝え、家族の容疑と空き巣の可能性を否定した。★★

★★この日のことを主治医(いわゆる町のお医者さん)に話したらこんな助言をもらった。
 主治医「今度からこういうことがあったら記録しておいて。絶対に本人に見つからないように」
いわれた通りに書き始めた。めんどくさかったからExcelで表を作った。
このことは後にかなり重要な役目を果たしてくれる。項目は日付、キレた原因、キレ方、キレ度(私は10段階評価にした)、薬(ばあちゃんの場合は認知症睡眠薬)の服用状況ぐらいだ。あくまでも客観的かつ端的に。後で医者とかにみせることになるのでね。介護記録とかを丁寧につけてる人もいるみたいだけど、すぐやめた。書くために記憶をたどるだけで嫌な気分になる。読み返してもたぶんそうなるんだろうな。思い出すことで記憶が定着するのも嫌だった。さっさと忘れたかった。あと他人に説明しづらい。
そしてメマリーという薬を処方してもらった。キレて暴れる(陽性症状)のを抑える薬らしい。対症療法というやつだ。原因を取り除く薬ではないし、そんなものは存在しない。ほかにも同様の薬や漢方があるのでそこは医者の方針次第かと。メマリーは症状をみながら段階的に増やしていく薬なのだが、上限があって、この薬で対処できなくなったら認知症外来の受診を勧める、紹介状も書くよと言われていた★★

その後は、気に入らないことがあるとキレて暴れて、の繰り返しだった。子供が駄々をこねてる風にみえなくもないが、相手が年上なのでやりきれなくなってくるらしい。感情と理性が追い付いてこないのだ。そこは本で読んで予測できてたので最初から割り切っていた。母にもある程度のことは予告していた。なんとも冷たい孫だw
ばあちゃんに胸倉をつかまれて、反射的に殴りそうになったこともあった。理性を総動員して自制はした。虐待はいけない、前科はつけるな、この一心だったw本格的に自分の理性がやばそうだな、という時には近く(ばあちゃんからは見えない場所)に父親をスタンバイさせた。最終制御装置であるw
キレると弱った足腰にかつての若さがよみがえる(原理は違うんだけど)。普段はよたよたと歩いているのに、キレた時の歩きっぷりといったら若々しいのなんの。驚くほど華麗に歩く。そして力もある。理性のリミッターが外れた状態で、ひとつの「火事場の馬鹿力」的なものだと思う。
キレるならキレる原因を取り払えばいいと思ってそうした。すると別の理由を見つけてきてキレる。キレたらその原因がなくなるまでキレ続ける。根競べだw
あまりに頻繁にキレるし、昼夜問わずにキレるので、睡眠不足もあって心身ともに疲れていた。おかげで理性がもろくなるのなんの。・・・でもまだ序の口。
何度か、物がない(実際には自分で片付けたものの場所がわからない)とキレることがあったので、物盗られ妄想のカマをかけて確認をしていた。やはり物盗られ妄想は徐々に出てくるようで、最初は案にほのめかす程度だったが、後の方でははっきりと私を泥棒扱いしていた。
★★物盗られ妄想は、一番世話してくれる人を泥棒扱いする傾向があるそうで、うちの場合はそれが私だったという話である。一般的には娘や嫁、介護者あたりだ。あと、母はおっとりしてるのに対し、私が生意気なのも原因かもしれない。★★

こんなことが続いて4月。ここからが本当の意味で地獄。
頻繁に通帳入りのカバンが行方不明なった。
そして前述の実績があったので、頻繁に110番通報するようになってしまった。
警察官は見事にカバンを見つけてくれる。
私や母は見つけられないのに。
ばあちゃんは私に「カバンを隠して困ってるばあちゃんをみて楽しいか」と私を罵るようになった。楽しいわけないだろ、仕掛けた側も疲弊する嫌がらせってどんなんだよ、と思いながら適当にあしらっていた。キレてるばあちゃんとは会話が成立しないのでどう説明しても効き目がない。かといって売り言葉に買い言葉じゃ火に油。ただ黙々とカバンを探すだけ。その間、一方的に罵られ、なかなかに心をえぐってくる。なんの修行だろうか。いっこうに悟りがひらけないし修行が終わる気配がない。ばあちゃんと母の関係性が保たれればそれでいい、悪役は自分が引き受ける、そんなつもりでいた。母はメンタルが強い方ではないし、私ほど冷酷でもない。そして病気にストレスは大敵なのだ。
睡眠不足、ストレス、食欲不振、興奮で通常の精神状態を維持するのが本当に難しかった。
★★このときの救いだったのがネコと趣味の存在。飼い猫さまには随分癒してもらった。一生大事にするよ。癒し大事、超大事★★

ある日、我慢の限界に達した私はケアマネに連絡をする。
「ばあちゃんを施設に入所させたい。早急に探してほしい。ショートステイのハシゴでもなんでもかまわないからばあちゃんと離れたい」と。
定期的に訪問看護師やケアマネと連絡はとっていて、状況も伝えてはあったが、この連絡で深刻さをわかってもらえたらしい。

それはそれとて、通帳に足が生える日々は続く。顔見知りの警察官も増える。110番のオペレータや警察署には出動を渋られる。当然だ。しまいにばあちゃんは警察に文句を言い始める。私が生意気だから厳重注意するようにと訴えていなされたらしい。警察官に詰め寄るとか最強すぎるwあまりに通報の頻度が高すぎて警察に苦情を言われたので、電話線を抜いていた時期もあった。そして、それはそれで火種になった。
★★毎回警察官に家族構成や認知症の経緯を説明するたびにめんどくささを覚える。署内で情報共有してくれていいのよ、と思うほどに。
ここで私は主治医に言われて書きためたあのExcelを印刷して見せるようにした。家系図も作った。これを印刷しておけば説明の負担がごっそりなくなった。楽ちん★★

しばらくしてカバンの一件でばあちゃんともみ合いになった。いくらキレてて颯爽と歩くとはいっても、それをわかって構えている若者の力には敵わない。一方的に突っかかってきて勝手に転ぶ。私的にはもらい事故だ。ある時、そんな感じで転ぶばあちゃんが頭を打たないようにとっさに腕をつかんだ。そのせいで腕に盛大なアザを作り、ばあちゃんは近所の家に逃げ込んだ。ばあちゃんはすごくアザができやすい体質なのだ。
ほどなくして警察と保健所が来た。ご近所さんに虐待を疑われたのだ。怒鳴り声はとっくに知ってたみたいだし。
警察官はうちの事情を知っているのでお互い苦笑いで済んだが、保健師は初対面だ。
これまでの経緯と祖母はアザができやすい体質で庇うために腕をつかんだらアザができたんだということを説明した。
★★ここでもExcelが大活躍。他人に説明するために作ったものが、まさかここまで自分の身を守る道具になるとは思わなかった★★

この後、やっとばあちゃんがカバンを母に預けることを了承してくれた。それまでに何度も提案していたが、突っぱねられたり、一時的に成功するもやはりばあちゃんの手元に戻ってしまったのだ。
夜中に自分のアザをみて暴力をふるわれたと勘違いし通報したこともあった。付近でパトカーを見たらうちに来たのかなと思うようにもなった。そして実際そうだった・・・

保健所が絡んだせいで役所の知るところとなり、早急に認知症外来の受診を、という話になった。いや、何度も試して失敗してるんだよw

5月後半、半ば詐欺まがいの方法で受診させ、そのまま強制的に入院(医療保護入院)となった。詐欺まがいというのは、「介護保険の更新に脳の検査が必須項目となった」というのと病院の名前を出さないこと(理由は後述)だった。役所かケアマネが考えた内容だ。突然の入院でびっくりしたのは本人だけではなかった。
親戚(ばあちゃんの弟妹)にも驚かれ、ひどく非難された。
ここで気付いた人もいるかもしれないが、その病院は精神病院である。
地元では有名な精神科だったので、ばあちゃんはそこには猛烈に行きたがらないのが目に見えていた。が、認知症外来というのはおよそ完全予約制な上になかなか予約が取れない。なじみの病院にもあったのだが長らくの予約待ち。それまでに誰かの心が折れてしまう。それか私が暴力沙汰にして前科者になってしまう。なりふり構ってられない。一番早く予約の取れるところを、というのでその病院を受診したのだ。

これでばあちゃんと離れることができた。・・・いやいや、新たな戦いの始まりだった。
まず、自己嫌悪。同居から半年で強引に入院させたという事実。邪魔者を追い出すの図になっているがこれでよかったのか、と。でも自分や両親を守るには入院させるのが最善だったのだ、と。思考が行ったり来たり。でもこれはライブで憂さ晴らししたらすぐ吹きとんだ。音楽好きならではの方法かもしれない。
次に電話の嵐。ばあちゃんは携帯を持っている。病院に公衆電話があるから、と最初は持たせなかったのだが、ばあちゃんと親戚に酷く責められ持たせることに。すると私、母の携帯に朝から晩まで絶えず着信があった。電話にでれば、早く帰らせろ、迎えに来い、刑務所みたいなところにお払い箱にしやがって、的な内容で、回数を考えるとある種のホラーかストーカーのようだった。
さらには親戚との関係。突然入院することになり、親戚に酷く非難された。その親戚は昼間はずっと電話で話相手になってくれていて状況をよく知っていた。祖母からの電話にでれば罵られ、見舞いに行っても罵られ、それでも親戚は面会に行け、電話してやれと言ってくる。わざわざ嫌な気分になりにいくとかさすがにハードモードだ。一方でその親戚は、その病院が精神科だから見舞いにいきたくないといってひきこもっていた。おいおいw

そしてばあちゃんは退院を強く訴えるようになった。どこも悪くないのになんでこんなところにいるんだ、早く帰らせろ、と。
でも病院、ケアマネ、私で一致している思いが一つあった。
「退院はあっても帰宅して同居だけは絶対にない」ということ。
認知症は基本的に治らない。薬で症状を抑えるだけだ。
つまり家に帰って元通りの環境になれば以前に逆戻りというわけだ。それどころか、騙して病院に入院させたというおまけ付きだ。逆戻りどころか悪化してること間違いなしなのだ。

そこで退院後の選択肢が2つあった。
一つは転院。入院というのはおよそ区切りとなる期間が決まっているので、病院を転々とする未来が見える。それに精神科での転院になるので病院が限られているし、受け入れてもらえるか自体があやしい。仮に転院できたところで同じことの繰り返しなんだろう。
もう一つは施設への入所。施設といってもいろいろ種類があるんだが、要介護Ⅰのばあちゃんの場合はいわゆる老健(介護老人保健施設)だ。(特養などの福祉施設は要介護Ⅲ以上)田舎とはいえ、施設に運よく空きが出るんだろうか、と思いながらケアマネに探してもらった。そしたら運よく見つかった。認知症対応のグループホームという形態の施設だ。少人数制でアットホームだし、費用もそこそこ現実的。ばあちゃんの年金に少しプラスぐらいなのでほぼ永久機関が完成したわけだ。主治医にもそれを薦められ、見学、面談の上、そこにお願いすることにした。
★★施設やデイサービスを選ぶ上で意外な盲点があった。「主治医との相性」だ。手術後、近所にデイサービスがあったのでそこと契約したのだが、そこと主治医が犬猿の仲だったのだ。契約後に主治医に報告したらすごく渋い顔をされたのでほかのデイサービスと契約した。結局そこもいかなかったので主治医に紹介してもらった訪問看護にしたんだけど。★★


★★ところで、認知症患者は他人と話すときは普通の会話をする。他人には認知症だと分かりにくいのだ。それを関係者に早めに認識してもらうというのが助けを得る点でそこそこ重要な鍵だと思っている。
ばあちゃんの場合は幸か不幸かタイミングよくそれが起こってくれた。
時系列でならべると

・(残薬が多すぎる)

・初期の段階で主治医の前で私に軽くキレて、主治医にばあちゃんの異常を確信させた。
訪問看護師と私が電話中にばあちゃんがキレまくってて怒号が電話越しに筒抜けだった。
・精神病院入院の手続き中にキレて看護師の前で。
グループホームへの移動中に職員の前で。
こんな感じだ。キレてる様子を先に見せてしまうというのは私としては非常に後がやりやすかった。相手もプロだし事情はすぐにわかってくれて話がとても早くすすめられた。あと主治医の前でキレた原因が残薬が多すぎる(つまり、自分で薬の服用管理ができない)ことだったあたり主治医はもっと前から認知症を疑ってはいたかもしれない。★★
実際、私が散々工夫して正しく服用させようとしても1度も成功しなかった。それで処方薬と残薬とを調整しようとしたらキレちゃったわけだけど。いや、あなたが金出して買った薬なんだし後期高齢者で1割負担なんだから(残りの9割は若者が負担してるようなもんなんだから)ちょっとは節約しなさいよなどと思っても通じるわけもない。

そんなこんなでグループホームに入所してそろそろ一ヶ月がたつ。まずそこでの生活に慣れてもらうことを優先したのでまともに面会には行っていない。職員の話によると、あいかわらず私への感情はよくないみたいだが、そこそこ穏やかに暮らしているらしい。土曜日、入所後初めてまともに面会する。

宗教恐いの話


昨日の22時すぎ、某フレッシュネスバーガーにいた時の話。
奥の席に男女が座っていてなんやら資料を広げていた。

女が静かな店内でやたらでかい声で電話をかけはじめる。
女『あつこ?久しぶり!今ね、携帯変えて電話帳の整理してたら、あつこどうしてるかなと思って電話したの』
私(うるさいな・・・)
女『今大丈夫?私?今外歩いてるの』
私(嘘乙w)
女『今あつこは仕事何してるんだっけ?保母さん?へーがんばってるねー、子供好きだったもんねー』
女『じゃあさ、子供と外で遊ぶと日焼けしちゃうよねー、化粧品とか気遣うんじゃない?』
私(嫌な予感・・・)
女『やー、いい化粧品あったら教えたもらおうと思ってさー(中略)え?電波悪いや。今度会おうよ、いつ休み?』
女『うん、わかった、じゃーねー』

女「よしっ」
私(!?)
女「男さーん、アポ1件とれましたー!とりあえず今回は化粧品のことはあんまりいわなかったんですけどー」
男「それでいいよ、本題は次で。片っ端から生存確認の電話していって」
女「つながりやすい時間帯ってあるんですかー?」
男「サザエさんタイムってのが俗にあるけどね」
私(やっぱり勧誘か)
女「もっとコツとか知りたいです―、今度時間作ってくれませんか?選挙のときも役に立つしー(政党名も明言してたが敢えて伏せる)」
私(あぁ、某宗教団体か)
男「いいよ、調整する」と立ち去る、と思いきや、他のテーブルのお客さんへ接触。
私(こいつら全員グルか!)
私(・・・トイレ・・・)
その間にグループは全員いなくなってて、宗教に巻き込まれる一端を垣間見たのであった。
こうして勧誘オフは終わった。
宗教恐い。


話は変わるが、成人してから、高校のクラスメイトに選挙のたびに「○○候補がすばらしくてね」と投票を依頼された。
クラスが一緒だった縁で連絡先を交換していたが、個人的に連絡をとるとかは一切してなかった。
筆不精だったからw
私は地元の大学、彼女は東京の大学に進学したと噂で聞いていたので、「んな熱心に語られても、○○候補とは直接関係ないから困るなー」ぐらいに思ってた。
選挙も間近になると勧誘電話がしつこくなった。
ある日、友達と飲んでる時にその電話がかかってきた。
アルコールの力を借りた私は言い放った。
「その候補は私の選挙区にはなんら関係ないし、比例代表もその候補の政党を書く気は一切ない。どこに投票するかは自分で考えて自分で決める。だから二度と選挙とかの勧誘目的で電話してくるな」
そしてその場で着信拒否に設定した。
その後聞いた話によると、彼女は先の女と同じ宗教団体の敬虔な信者なんだとか。

あー宗教恐い。

 

 

 


※ちなみに私は申し訳程度の仏教徒。法事でお世話になる程度。

なんとなく

ブログを始めようと思った。

匿名だから書けることもあるってねw